大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所 昭和51年(わ)323号 判決

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

第一~第三(略)

第四 認定事実に対する当裁判所の判断

一  本件各公訴事実中、当裁判所が認定した事実は前記のとおりであるが、その要旨を摘記すると、

1  被告人川藤は、六月四日午後四時三〇分ころ、事務室内の総務課の自席に座り執務中の城に対し、「立てつて交渉せんか」などと言いながら、右手を同人の左腋の下に差し込んで二、三回上に引き上げ、同人を立ち上がらせた

2  被告人川藤は、同日午後六時ころ、事務室内の高橋専務の机の前で、清水に対し、岡田に電話をかけるよう要求し、受話器を右手でとり、左手で清水の右手首を持ち、受話器を受け取らせようとした際、同人の右手の甲の辺りに右受話器を二、三回位当てた

というものである。

二  被告人川藤の右行為は、立ち上がる意志のない城あるいは岡田への電話を拒否している清水に対してなされたものであつて、一応有形力の行使と解せられる。そこで、右各行為を暴力行為等処罰ニ関スル法律一条(刑法二〇八条)に違反するものとして右被告人に刑事責任を科すには、右各行為が実質的に処罰に値するものであるかどうかを検討してみる。

1  本件交渉決定のいきさつ及び右認定事実の行われた前後の状況については先に判断したとおりである。

2  検察官は、本件交渉は、専ら、本来組合の関与すべきものではないまなぶポスターの撤去問題を、組合が組合員を糾合して多衆の威力を背景に会社側に追求抗議したものと主張する。

まなぶ友の会と組合との関係は先に判示したとおりであり、まなぶ友の会と組合とは別個の組織体であり、そのポスター撤去問題そのものが団体交渉事項でないことはいうまでもなく、同事項につき会社側として職場交渉にも応じる義務のないことはいうまでもない。しかし、本件交渉については、会社側が組合側の要請をうけて、ポスター問題を含め職場環境改善に関する事項について交渉することを約束し、その交渉の場を設定し、交渉員を決め、交渉人員や交渉時間を定め、また、清水は組合側の要求した諸事項につき上司の指示を仰いでいたものであつて、本件交渉が専らポスター撤去問題に関する追及のためのみのものであつたものとみるべきでないことは前記認定のとおりである。

3  更に、以上認定の各事実及び以上掲記の各証拠によると、本件の当日、会社側は本来交渉に参加すべき労務担当者が欠勤しており、急拠決定された石井、森本らが交渉員となつたが、同人らは、五月二四日の経緯を十分知らなかつたことと、特に森本は従来の職場交渉のやり方に不満をもつていたことから、高橋専務の指示も受け、交渉人員及び時間の制限をもうけることとし、被告人川藤に連絡させたが、同被告人は検討すると答えただけであるのに、会社側交渉員らは、その提案に応じなければ交渉を開かないことに決定していた。他方、被告人川藤は、一応検討する旨答えたものの、会社側の要求に応ずる意思はなく、参加組合員らにその要求を伝達しなかつた。このような事情のもとに、石井らが交渉場所の会議室へ赴いたとき五名以上の組合員らが参集しているのをみて、代表者を問うたのに対し、組合員らからは、全員が代表だなどの声があがり、石井らが交渉に応じない態度を示し、次第に紛糾するに至つたものであり、右五月二四日の交渉の経過からすれば本件当日の交渉に出席する組合員については格別の制限をしていなかつたのに会社側は組合側の意向も聞くなどの方法もとらないで、交渉当日の、しかも交渉開始予定時刻の三時間半位前に一方的に交渉人員を五名に制限するなどの方針を通告し、それに従わない交渉自体を開かないこととして対応し、交渉の場に臨んだ石井、森本らは、組合員らが五名以上おり、全員が代表だなどという態度をみて、直ちに交渉をしない旨を伝え、以後組合員らの交渉開始要求にも応じる態度を示さず、事態の打解をはかる格別の方法をとることもなく、ただ交渉しないという態度を崩さなかつたため、このような会社側交渉員の態度に接し、被告人ら組合員が強く交渉の開始を要求した状況のもとで前記各行為がなされたものであることが認められる。

4  被告人川藤の前記行為は、このような経緯を背景として、先に認定判示したような動機、目的、状況のもとに行われたものであり、その行為態様は、目的に照らして必要以上のものではなく、城、清水に与えた被害も極めて僅少なものであり、右各行為は健全な社会通念に照らし、未だ暴行罪ひいては暴力行為等処罰ニ関スル法律一条違反の罪として処罰する程の実質的な違法性を具備していないものと解するのが相当であり、従つて右の構成要件に該当しないものというべきである。

第五 結論

以上に判断してきたとおり、被告人佐伯に対する公訴事実二、四、五及び七、被告人三名に対する公訴事実六はいずれも犯罪の証明がなく、被告人川藤に対する公訴事実一及び三は前記の限りで事実を認定したが、いずれも実質的違法性を欠き構成要件に該当しないものとして、いずれも罪とならないので、刑事訴訟法三三六条により被告人三名に対しいずれも無罪の言渡しをする。

なお、弁護人は、公訴棄却の申立をしているものであるが、右のとおり無罪の言渡しをすべき場合があるので、この点については判断しない。

よつて主文のとおり判決する。

別紙(略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例